めたすらいむの舟

メタル/書評を通じて、ものを書く練習を行っています。原則平日朝更新予定。なお、推理\ミステリ小説のネタバレは書きません。

ガブリエル・ガルシア・マルケス / 族長の秋

ガブリエル・ガルシア・マルケス / 族長の秋 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 南米文学って読んだことないなーって。ボルヘスはチラ見したことあるけど。あと、独裁を敷く大統領というテーマ、表紙の牛にも惹かれましたね。どうでもいいけど、マルケスなのかガルケスなのか毎回一瞬迷うんだよね。ミドルネームがガルシア…なのでラストネームはマルケス、って思いだしている。

2.内容

 原作は1975年。本書は2011年に集英社文庫から文庫発刊されたものですが、1994年刊行物のリイシューということです。「ラテンアメリカの文学」シリーズでいろいろ出してくれているのかな?嬉しいね。
 しかし、コロンビアですか…1810年にスペインから独立して以後はコロンビアとしての国体を保っているということですが、どうにも政情不安定なイメージのある国ですね…。

 まずこの特殊な文体に触れないわけにはいかない。1章丸ごと改行が一度もなく、且つ、地の文のみで埋め尽くされています。会話文は使われているんだけど、鍵カッコもないです。谷崎潤一郎の『春琴抄』の書かれ方を想起しました。
 そのうえ、語り手がはっきりせず、且ついつの間にか変わっていたりする。それが我々(誰?)だったり、大統領だったり、作者視点?だったりするので、まぁ非常に読みにくいという。特異ですな。幻惑的な印象です。

 ストーリーの中心となるのは独裁政権を敷くある大統領の一生。あらゆる特権な振る舞いが誰にも咎められないし、まぁ結構な悪行も作中でやらかしているわけだが、それよりも印象に残るのは腐敗した社会と死の雰囲気。大統領府内に平然とウシが出入りしているっていう、その絵面のイメージ。奇病で死に至る大統領の母親や、その他作中で生まれる死体の山のイメージ。そんな中、死に瀕した母親を気遣ったり、ある美人に惚れて追いかけてみたりする大統領の姿や、独裁者である自分が全てを支配しているようで自分と向き合ってくれる人はだれもいない、ゲームさえ八百長で勝たされてしまい他者と満足に遊ぶこともできないことに孤独と虚しさを覚える様が描写され、どうにも哀しみ(悲しみよりは哀しみの字のイメージ…なんとなく)に満ちている作品だなぁと感じました。

 実際、読者も読んでいてこの大統領のことをどうにも理解できないのですよ。名前も分からないし、何年生きているのか在位しているのかもよくわからないし、そもそも暦も大統領令で変えちゃったから計算上とんでもない年齢になってしまっているんじゃないか?とか思った。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 独特な文体もあって読むのはしんどかった。350ページほどの作品なんだけど、500ページ超の小説を読んだようなエネルギーを使った。しかし、鮮烈なイメージを持ったスゴイ作品であった。

4.どのような人に推奨するか

 文章がイメージを喚起する力が凄くあると思います。とにかくとっかかりにくい文体ではありますので、それを含みで挑戦してみてほしい。解説では、この文体にはあまり拘泥せずに読んでみよう、とまで書いてあるしね。

Symphony X / Damnation Game

The Damnation Game

The Damnation Game

  • アーティスト:Symphony X
  • 発売日: 2010/05/25
  • メディア: CD

アメリカのプログレッシブパワーメタル、Symphony X / Damnation Gameをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 最近Symphony Xばかり聞いていますシリーズです。

2.内容

 1995年にInside Out Recordからリリースされたらしいバンドの第2作。日本ではやっぱりZero Corporationからリリース。ボーカルにラッセル・アレンが加入し、今に連なるバンド体制がここで基本的に整ったことになります(後でベースが変わるけど、基本的にはメンバーチェンジは少ないバンドのようだね)。前作に比べて音質も大分向上したと思います。

 楽曲はコンパクトに、焦点が絞られた形に進化した。#3を除けば4~5分の曲でまとまっているという点もあるが、別に1stもそんなに長い楽曲が多かったわけではない(7分と12分があるけど)ので、楽曲構成がわかりやすくなったということなのかもしれないね。ボーカル・ギター・キーボードを中心とした素晴らしいメロディに彩られた楽曲の数々。
 ソロプレイに限らず、リズム的に変則的な拍子が頻出するのもプログレメタラーには大変嬉しく、技巧的な面でも満足。RushとかDream Theaterに慣れている耳にはどうしてもドラムスが地味で平坦に聞こえるのが少し物足りない、楽曲自体がいいのでそのうち気にならなくなった。
 やはり、冒頭2曲が好きだなぁ。#1 "Damnation Game"の速弾きギターメロディとチェンバロのコンビネーションによるクラシカルで疾走感のあるイントロでいきなりテンションMAXである。その後はスタンダードな疾走メタルで、所謂サビも若干地味なので、イントロが最高潮という説まである。と言いつつ、ブリッジでテンポチェンジしたりシアトリカルなコーラスが入ったりと、魅力的なフレーズが満載である。うーん素晴らしい。続く#2 "Dressed To Kill"は3拍子のヘヴィリフを織り交ぜたミドルテンポの楽曲だが、サビメロがキャッチーで印象的。Could you feel sympathy or pain?のとこね。
 コロコロと複雑に展開する#3 "The Edge Of Forever"、タイトル通りの怪しげなメロディとムードが魅力の#6 "The Haunting"あたりもいいです。ギター中心の楽曲が多いんだけど、キーボードのピアノサウンドが曲に彩りを加えていて、かなりの重要度を占めておりますね。

 しかし。こうやってちゃんと聞くといい曲いっぱいあるのに、どうも一聴した印象は地味というか平坦に聞こえてしまうのはなぜなんだろう…。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 サイコー。3rdの方が好きだけど、かなり充実している。10曲47分というコンパクトさも良い。

4.どのような人に推奨するか

 前作同様、クラシカルなメロディと複雑な曲展開やフレーズが好きな人におススメ。初期Symphony Xの代表作の一つだと思う。このバンド聞いたことない人は、この作品か次の作品(3rd)から入るのが良いです。

芥川龍之介 / 侏儒の言葉・西方の人

侏儒の言葉・西方の人 (新潮文庫)

侏儒の言葉・西方の人 (新潮文庫)

芥川龍之介 / 侏儒の言葉西方の人 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 『侏儒の言葉』が芥川版「悪魔の辞典」と聞いて。これを読みたかったのである。

2.内容

 1968年かな?新潮文庫からリリース。 何度か改版されているのかな、手持ちには平成5年(1994年)に書かれた解説が巻末にあります。
 『侏儒の言葉』は芥川版「悪魔の辞典」と書きましたが、様々な事柄に対する芥川くんのひねくれた厭世的一言コメント集みたいなものです。時期的に晩年(1927年自殺に対して、1925~1927年頃の作品)であり体調が悪かったという点は、本編の内容と無関係ではないだろうなぁと思わせる。本編冒頭で『必ずしも私の思想を伝えるものではない』と言ってはいるものの、やはり思想的な書だと感じますな。
 「理性の私に教えてるものは、畢竟理性の無力さであった」
 「眠りは死よりも愉快である。少なくとも容易には違いあるまい」
 なお、侏儒というのは「見識のない人をあざけっていうこと」らしいですよ。自嘲的・自虐的なタイトルです。

 『西方の人』は、芥川流のイエスキリスト論であるという。すいませんよくわかりませんでした。聖書を履修したのち、もう一度読んでみようと思います。  

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 すごい面白い!という類の本ではない。

4.どのような人に推奨するか

 物語ではないです。芥川のモノの捉え方や語る言葉の妙味を味わう本です。芥川の思想的な部分に興味がある人に推奨します。興味がない人、キリスト教知らない人あたりは…全然面白くないのかもしれない。

Symphony X / [self-titled]

Symphony X (Spec) (Dig)

Symphony X (Spec) (Dig)

  • アーティスト:Symphony X
  • 発売日: 2004/01/13
  • メディア: CD

アメリカのプログレッシブパワーメタル、Symphony Xのセルフタイトルデビューアルバムをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 最近プログレメタル熱が高じている関係で、Symphony Xを聞き始めて…気にいってしまいずっと聞いているので、感想を書いていくぞ。

2.内容

 1994年に自主製作でリリースされたバンドのデビュー作。日本でのみZero Corporationからリリースされていたらしい。なんか、Fair Wariningメロディックハードロック系を出してたとこだよね。
 複雑なコード進行とリズムで構成されたギター中心のヘヴィメタル。メロディアスでクラシカルなパッセージ、歌い上げる熱いヴォーカル、ドラマティックなコーラス、といった彼らの重要な要素はこの時点でほぼ完成していますね。半音階の進行というか、キュンとくるような昂揚するような、そんなメロディが多いです。AmのキーでEメジャー(G#の音)を入れるようなアレです。

 このバンドを語るときにはよくDream Theaterが引き合いに出されるようで、それは仕方ないと思うけど、全然似ているとは思わない。長尺曲や技術的に複雑なことをやってはいても、こちらはあくまで歌とメロディが主体のヘヴィメタルあるいはパワーメタルが基盤だと思います。

 この1stのみボーカルが2nd以降と違って、ロッド・テイラー君という人です。2nd以降現在までボーカルを務めるラッセル・アレンより比較的ストレートな歌い方かなぁとは思うが、線が細いという感じでもなくSymphony Xとして違和感なく聞けます。
 自主製作ということで、サウンドはやや厚みに欠けておりしょぼい。特にドラムのサウンドがポコポコしている。録音に関するネガティブな意見も見かけるが、それでも録音は綺麗だし音のバランスは良好。演奏は既にめちゃくちゃ上手いし、これ単品で聞く分には全然違和感ないです。南米産ブラックメタルとかに慣れているとこれが音質悪いとは全く思わないんだけど、こういう音楽性はサウンドのクオリティが求められるから、仕方ないね。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 いいメロディいっぱいありますよ。

4.どのような人に推奨するか

 クラシカルなメロディと複雑な曲展開やフレーズが好きな人におススメ。だけど、2nd/3rdが気に入ったらこの1stも聞くくらいの優先度でいいと思いますよ。

三田一郎 / 科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで

三田一郎 / 科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 国立の書店で、ブルーバックス売り上げトップテンみたいなディスプレイがあったんすよ。その1位がこれだった。タイトルも興味を引いたので購入。

2.内容

 2018年、講談社ブルーバックスからの刊行です。著者は素粒子物理学が専門であり、且つカトリックの聖職者(助祭…司祭の次くらいの職位だそうだ)を務めておられる。ご自身の2つの強みを存分に活かして書かれた、著者だからこそ書ける本なのではなかろうか。

 内容は主に宇宙に関する物理学の発見・発展の歴史と、発見者たる学者たちの神への信仰の在り方についてです。どれだけこの世界の仕組みを解き明かしていったとしても、学者たちが神の存在そのものを疑わないのは「その根源的な要因、あるいは法則をデザインしたもの」がいるという発想に基づいているようなのですね。偶像的だったり、教義を垂れたりするような存在ではなく、そのような根源的存在を認めているということです。
 本書のもう一つの視点として、キリスト教がどのようにこれらの物理学上の発見を受け止めたか、というのがあります。ガリレオガリレイに対する異端裁判などが有名ですが、キリスト教が天動説を支持する立場は「聖書の記載にあるかどうか(記載と矛盾しないかどうか)」という点にあったんんですね。逆に矛盾しない内容であれば科学的な発見とは仲良く共存できるようで、宇宙の始まりを示すビッグバン理論については、「ビッグバンが神の御業であり、神が宇宙が作ったと言えるからOKです」ということになるらしい。そして宇宙が始まるビッグバン以前の出来事については研究してはいけない(認められない)ということらしいです。
 そんな感じ。難しい数式は出てこず極めて読みやすいと思います。  

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 面白い。単純に物理学の概略的な歴史の勉強にもなります。

4.どのような人に推奨するか

 タイトルそのまんまなので、物理学・キリスト教・宗教と科学と相克などのキーワードに心魅かれる人は是非読んでよろしいかと思います。

小川一水 / ツインスターサイクロンランナウェイ

小川一水 / ツインスターサイクロンランナウェイ のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 端的に言って表紙買い。望月けいさんの繊細な筆致と抑制された暗めで淡い色使いの美少女絵に魅かれました。目についた理由は「百合SFフェア」という帯が目を引いたからですがね。本作の前に同フェアで『少女庭国』を買ったりしました。こういうフェアでこうやって買う人間もいるんだから、出版各社は是非こいった宣伝を打ってほしいものです。きっかけになります。

2.内容

 元となる話は『アステリズムに花束を』というハヤカワ文庫JAのオムニバス作品集に短編として収録されているらしいですね。それが人気だったので、長編として再構成&文庫書き下ろししてハヤカワ文庫JAから2020年にリリースされたものが本作であるようです。なるほど。
 世界観とお仕事がまずステキである。人類の生息域が宇宙に十分広がった世界で、ガス惑星の大気を泳ぐおさかなを捕まえる漁師たちが暮らしている。漁師は夫婦の男女ペアでやるのが当たり前(それ以外は規則的にも社会通念的にも認められてない)という中で、主人公のテラちゃん(大きい子)とダイオードちゃん(ちっちゃい子)が女の子二人ペアで漁に挑んでいきます。  冒頭の伝説(昔話)、テラちゃんの日常、ダイオードちゃんとの出会い、漁の成功/失敗、ダイオードちゃんの家族、危機にスペクタクル、伝説との邂逅とお手本のようにわかりやすいストーリー展開。たくさんの造語を交えつつ世界観を丁寧に描写しつつ、あくまで主人公の2人にフォーカスされていてすごく読みやすかったです。
 自分はそんなに気にならなかったけど、はわわ少女と強気ロリのキャラ造型とセリフ回しはややテンプレ的な嫌いもあるかな?妻は「男が書く女子感が強い」と言ってました。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 順当にエンターテインメントで面白かったです。

4.どのような人に推奨するか

 キャラも世界観もストーリーもちゃんと描写されていて、そのままアニメになりそうな作りこみだなぁと思いました。少女二人がキャッキャウフフしているので、百合SFと言えば百合SFかもね。なんか続編を執筆中という話を見かけた(2021/2現在)ので、続編出るなら読みたいかな。

半藤一利 / 世界史のなかの昭和史

半藤一利 / 世界史のなかの昭和史 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 『昭和史』を読んだ後に、本作の存在を知った(妻が買ってきた)ので読了。半藤一利さんが近々で逝去されたこともきっかけではあったかな。

2.内容

 ベストセラー『昭和史』は2009年の本だっけ?こちらは『昭和史』を受けて世界史に目を向けた書籍となっています。平凡社ライブラリーより2020年に発刊されました。元は2016年の雑誌連載だったようです。
 世界(=外国)が日本をどのようにとらえていたか、またあるいは当時の日本(主に軍部)が外国をどのように認識して政策・戦争を推進したか。いや、全然外国の動きを認識できていなかったのではないか、軍部は世界のことをまるで分かっていなかったのではない。とまぁ、そんな論調の本です。
 結局は日本の昭和史がテーマであるため、自然と内容は『昭和史』と重複する部分も出てくるのだが、それはまぁ良いかと。ただ、本作に関してはそれ以外も問題点の方が目についていささか読み進めるのが億劫だった。以下列挙。

  • 本書冒頭付近の『ヒトラーは信仰など全くまったくもたず、道義や義理人情にも関心がない。~人をおしのけて権力を獲得する、そのことに生きがいを見出している人物である。』との記載。思い切ったこと書くなこの人と思うと同時に、そういう観点で書かれた本であるという意識が本書を読んでいる間ずっとチラついた。悪い意味で印象に残った。
  • 本書で言及されるのは9割がナチスドイツ(ヒトラー)と共産党ソビエトスターリン)。それ以外の国に対する描写は少ない。
  • 巻末の対談含め、当時の出来事を教訓とした現代への警鐘(というか政治批判)が良く出てくる。歴史から学ばなければいけないという主張は理解するが、『昭和史』よりも批判要素が目について仕方なかった。

 まとめると、ちょっと残念な読後感でしたな。『昭和史』は作者が当時を体験しているため、本人の感想も含めて史料的な価値も感じることができたけれど、世界史に関してはそれはないしね。  

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★---
 『昭和史』はよかったんだけどこちらはイマイチ。歴史読み物・知識として面白い部分もあるんだけれどね。

4.どのような人に推奨するか

 『昭和史』『B面昭和史』が凄く面白かったという人は読んでもいいかもしれません。Amazon レビュー見ると、巻末対談や現代への政治批判部分を評価している方もいらっしゃるようなので、そういう点を長所と感じられる人にも。歴史書として読みたい人にはおススメしません。

菊池寛 / マスク スペイン風邪をめぐる小説集

菊池寛 / マスク スペイン風邪をめぐる小説集 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 妻が買ってきたシリーズ。菊池寛って、文芸春秋立ち上げおじさんで名誉ある賞作ったおじさんなのは知ってるけど、作品は読んだことなかったな、そういえば。

2.内容

 コロナ禍における便乗企画といいますか。売り物としてのコンセプトは非常に分かりやすい2020年に文春文庫から発刊された、短編8編を含む短編集。
 言うほど全編がマスクでもスペイン風邪がテーマでもないです。まぁ短編集にはよくあることか。ただ、後ろ暗くて人間の俗悪な部分を描いた小説群でありながらエンターテインメント性に富んでいて、読んでいて楽しかった。身投げ自殺の救助に定評ある婆さんがいつのまにか救助が目的になってしまい身投げを待ち望むようになる『身投げ救助業』とかめちゃおもしろ。助けられた人間はもっとワシに感謝すべきなどと思いあがっておいて、いざ自分が(不慮の事故で)身投げから救助されると救助者の自信満々ぶりが気に食わないという。あぁ人間って感じ。同僚が感冒で死んだものの誰もが悲しむどころかむしろ悪口で死者を貶め、誰も通夜にすら参加したがらず言い訳を付けては逃げ最終的にはくじ引きで参加者を決めるという『簡単な死去』も醜くて素晴らしい。
 しかしながら描写があっさりしているからなのか、読後感は悪くない。エンターテインメント性のある現実的な物語群として楽しめました。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 内容は文句なく面白い。菊池寛って面白いんやな。コロナ釣りのタイトルは表題に嘘はないがどうかなぁという感じ。

4.どのような人に推奨するか

 マスク・スペイン風邪ネタは置いといて、単純に人間関係や心の機微を捉えた話作りが楽しめて良いと思います。内容が不道徳なのが特にGood。自分は道徳的な話や恋愛物語は全然読みたくないので…そういう意味ではどれも良かった。

柞刈湯葉 / 未来職安

未来職安 (双葉文庫)

未来職安 (双葉文庫)

柞刈湯葉 / 未来職安 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 昨年『人間たちの話』を読みまして、面白かったのですよ。Twitterもフォローしている湯葉先生の文庫作品が出たということで、さっそく購入しました。

2.内容

 原作は2018年に双葉社から単行本リリースされたもので、本書は2021年に文庫化したものです。双葉文庫からのリリースです。とりあえず、「柞」が変換できなくて困った。サクと読みそうな雰囲気は感じだが、サクっていっぱいあるし…ハハソとも読むらしいんだけど、変換されないし。イスって読まないみたいだし。最終的に手書き変換しましたた。

 作品の内容。ベーシックインカムが十分に行き渡り、輸送・食事・防犯等を含むあらゆる日常がオートメイトされた近未来の日本では、99%の国民が働かずに生きていける。そんな中でも働こうとする1%の人たちのお話。
 職安に務める主人公は、前職(県庁)を引責辞職している。自動車は本当の意味で自動化されていてめったに事故など起きないし、事故の責任そのものはもはや人間にはない…そんな中で、「責任をとったっぽく見える」ためだけに役職が存在し、事故が起これば担当者である主人公はその役職を辞し、被害者はそれで満足する。そんなエピソードが描かれるんだが、そんな意味のない辞職に満足して引き下がる被害者(の父親)がどーにも非人間的に思えて仕方なかった。
 ある部分は非常に機械化・最適化されてて、しかしある部分は不合理なままで(先述の交通事故担当や、特に理由もなく通う学校など)、という歪さに気味悪さを覚える。一方で、「人間社会というのはこういうものなのかもしれぬ」という上位存在的な感想を抱いたりもする。
 しかしどうにも、この社会に生きる職安メンバー以外の人間の姿があまり想像できないというか。ツッコミどころというか、世界観の疑問に対する回答はそこそこ作中で示されるんだけど、それでも99%の人間はほんとに何をして何を考えて生きているんだろう、と不安に思ってしまう。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 交通事故の被害者のお父さんで違和感を覚え、その違和感を抱えたまま読んでしまった感じ。

4.どのような人に推奨するか

 「みんな働かなくてもいい世界になったらどうなるかな」という思いつきを突き詰めたライトで読みやすい作品です。近未来とかサイエンスのディテールではなく、結局その世界にいる人間がどのように考えどのように生きるか、を描いていると思いますので、そういった人間ドラマとして読まれるのが良いのではないかと。

アンデシュ・ハンセン / スマホ脳

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

アンデシュ・ハンセン / スマホ脳 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 最近売れている新書のようですね!書店での宣伝とわかりやすいタイトルに釣られクマして購入。

2.内容

 原著は『skärmhjärnan』と言う2019年に発表されたスウェーデンの本で、2021年に新潮新書からリリースされた訳本がこちら。日本語訳で現れた釣りタイトルかと思いきや、スウェーデン語で『skärm』がスクリーン(画面)、『hjärnan』が脳ということで、わりと原題そのままだった。作者は精神科医だそうですね。
 本書の論旨は明快です。人間の進化はデジタル社会の進化の スピードに全く追いついておらず、スマホ利用でもたらされる種々の問題は先史時代からの変わらない人間の脳の反応である、ということです。とにかく作中何度も、「とりあえずサバンナに戻って考えてみよう」という比喩表現が頻出します。
 個人的には「新しい情報を求める」というキーワードで説明されるスマホ欲求が新鮮で納得感がありました。人はhttpの海を泳ぐとき、今見ているwebページそのものではなく、既にその次の情報を求めている、というようなことです。Twitterを触っていて、大して読んでもいないTLをひたすらスワイプしているあの感じです。結局なんの情報にもなっていないのにね。
 対策としては、割とどこかで聞いたような感じの、言うは易く行うは難しな内容が書かれています。日の光を浴びる、運動をする、スマホから距離を置くなど。
 作者自身も言及するように、ライトで読みやすいサイエンス読本です。数式・専門用語・参考文献の嵐にはなっていないし、紹介される事例や研究もまぁわかりやすいと思います。 

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 面白かったです。現代的な研究だと思います。なお、これを読んだあともスマホポチポチしてる模様。なかなか人間変わらんな。

4.どのような人に推奨するか

 スマホをよく触っちゃう人、そしてそれを自覚していてあまりいいことではないなぁと漠然と考えている人。触っちゃう理由とダメな理由が見つかるかもしれません。

アイナ・ジ・エンド / The End

THE END(アルバムCD2枚組)(MUSIC盤)

THE END(アルバムCD2枚組)(MUSIC盤)

BiSHのメンバー、アイナ・ジ・エンドさんのThe Endをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 特に存在は知りませんでした。BiSHも名前は知っていたけど、特に聞いたことはありませんでした。普段ポップスを聞くわけでもない我が家ですが、奥さんが久しぶりに欲しいCDだと言って買っていたので、自分も聞きました。そういう人間が聞いた感想となります。

2.内容

 すべての楽曲でアイナ・ジ・エンドが作詞作曲を行った、2021年リリースのソロアルバム。昔から発表するしないは置いといて自身のセラピーみたいな形で作曲はしていたらしいので、それらの積み重ねがこの12曲のアルバムという形に結実したようです。なお、1CD版、2CD版、2CD+Blu-ray版とありますが、手持ちは2CD版デス。しかしそれでも税抜き3,900円か…国内のCDは昔から高いですね。

 まず楽曲について。各楽曲のメロディには一本芯が通っているというか。マイナー調で泣きで、半音を効果的に使ったどこか懐かしいような歌メロは、クサメロ系ヘヴィメタルとの共通点を見出したりもします。アレンジは元気のいいロックサウンドからストリングスの効いたバラード、エレクトロとまで様々だが、亀田誠治が全面的にアレンジ・プロデュースに携わっているということもあって、どうしても椎名林檎(事変ではなくソロの方)が比較対象に浮かびますね。後は同じくらいの時代だとCOCCOあたりになるでしょうか。90年代~00年代のグランジを通過した邦ロックサウンドという感じがします。ボーカロイド音楽によくある詰め込みに詰め込まれた密なサウンドではないです。ボーカルを中心としたオーセンティックでオールドスクールでコンパクトな楽曲が並んでおり、聞きやすいです。

 そして肝心のボーカル。ハスキーでかすれがかった声で切実に切迫感を持って歌い上げるアイナの声には耳を引くパワーがあります。ブレスも含めオンマイクで鮮明に聞こえるボーカルワークは、こっちが元気ない時に聞くと疲れそう。さらりと聞き流せない・させない力があると思いました。
 Disc2はオマケですね。必ずしも本人が歌っているわけではないコラボ曲が並んでおります。あくまでFeat.アイナ・ジ・エンド です。その中でもLUNA SEASUGIZOの楽曲『光の涯』は出色の出来でした。LUNA SEAを思い起こさせるリヴァーブの効いたアコースティックな音空間と、アイナのボーカルが良くマッチしていると思います。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 良盤。Disc2はオマケ感は強いけど、1CDでもどうせ3000円なんで、2CD版でまぁよかったんじゃないかな感。

4.どのような人に推奨するか

 初期の椎名林檎COCCO等のロック/ポップサウンドと情念の籠ったボーカルが好きな方には結構刺さるのではないかと思います。

Aghora / Aghora

Aghora

Aghora

  • 発売日: 2007/12/12
  • メディア: MP3 ダウンロード

アメリカのプログレッシブメタル、Aghora / Aghora をレビュー。

1.作品を選んだ理由

 なんで自分のiPodに入っているかも記憶がないレベルだが、プログレメタルの文脈で買ったんだと思う。最近プログレメタルのマイブームが再来しているので、ライブラリ内からProgressive Metalでタグ付けしてあるものを聞いていっている。

2.内容

 2000年にDoubles Productionsというところからリリースされたらしい。全然知らん…ということで、今Metallumを見てみたら、ドラムがSean ReinertとSean MaloneのCynic組ではないか…
 ということで音楽性はCynicに通じる幽玄でエキゾチックでテクニカルなプログレメタルとなっています。めちゃくちゃな変拍子やド派手なフレーズはありません。歪んだギターによる刻みリフやツーバスドラムなどの要素があるものの、全体的にはフュージョン要素が強いです。Danishta Riveroがストレートな女声で紡ぐ怪しげなボーカルラインが可愛い。
 でもやっぱり楽曲やリフのつくりはすごーくCynicっぽいんだよな。いい意味でね。個人的にはCynicがデスメタルであるかどうか(デスヴォイスを備えているかどうか)はあんまり重要だとは思っていなくて、フレーズや演奏そのものを楽しんでいたので、本作もそんな楽しみ方が出来ます。ベースやドラムの細かいフレーズが気持ちいい。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 これは良いですね。再発見。

4.どのような人に推奨するか

 女性ボーカル、Cynicのテクニカルリフやジャジーな部分が好きな人に推奨します。このバンドのライブがあったとしたら、全メンバーが定位置から動かずに黙々と演奏してるなだろーなーと思わせる職人芸的な音楽です。派手な演奏が好きな人には推奨し難いかも。

Job for a Cowboy / Sun Eater

Sun Eater

Sun Eater

アメリカのデスメタルバンド Job for a Cowboy / Sun Eater をレビュー。

1.作品を選んだ理由

 1st『Genesis』2nd『Ruination』は所謂デスコア入門盤的に持ってて、なんかこの4thは音楽性が大分変ったらしい、ということは知ってたんですよ。ディスクユニオンで安く見かけたので買ってみたよ。

2.内容

 2014年にMetal Bladeからリリースされた4作目。おお、確かに一聴して全然違う音楽になっている…。初期はふとましくもややメロディのあるファットなギターリフにファストながらリズミックでノリの良いドラムが交えられたデスメタルでした。本作は最初の1音からもう全く雰囲気が異なっています。不気味なギターの分散和音やコードリフ、よく動くメロディアスなベースライン、ミドルテンポの楽曲、その上に乗る幅広い表現力を持つデスヴォイスや情緒的なギターソロ。うむ、これは所謂プログレッシブデスメタルになっていますね。
 もともとギターにメロディアスな要素はあったと思うんだけど、そのリフの作りこみをより深化させ、楽曲もそれを「聞かせる」フォーマットになっています。ごくたまにブラストビートはあるが、攻撃性やノリの良さはかなり低い。ミドルテンポで淡々と進む楽曲は、メロディも割と抑えめでテクニック的にド派手なことをやっているわけではないので、総じて地味!という感想になりがち。地味なDeath, Cynicとでもいうか。パーツ単位で見ていくと結構いいフレーズは多いと思うんだけどね。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 自分は初期の音楽性に特に思い入れはないので、楽しめました。地味だけど。もう少しフックというか、おおっと思う展開が欲しい気もするが…どうかな。ベースの音が目立っているのは聞いてて楽しい。

4.どのような人に推奨するか

 初期の音楽性が好きな人にはこのアルバムはあまり推奨できないと思う。本作を独立して聞く分には、作りこまれたリフとよく動くベースラインが気持ちいいプログレデスとして受け入れられると思います。

V.A / 2010年代SF傑作選 2

2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫

2010年代SF傑作選 2 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 なんかハヤカワでプッシュされていたのと、日本SF小説家の近代作品を読んでみたかった。ナンバリングの2冊のうちでは、2の方が比較的若いというか、2010年代デビューの作家が取り上げられているということで、こっちを買いました。
 自分はSF初心者です。本作で読んでみたかったのは柴田勝家、三方行成。既に読んだことがあったのは小川哲。

2.内容

 2020年に早川文庫からリリースされた、先に書いた通り2010年代にデビューしたSF小説家の短編作品から選抜されたコンピレーション。作品の前に作者略歴と代表的な作品が紹介されているのがとても嬉しい。次に手にとる作品の指標になります。作風は非常に幅が広い。普通の青春小説っぽい読み味の作品もあるし、歴史や民俗がテーマのものも あり、あぁSFっていろんな形があるんだなと再認識しますね。三方行成『流れよわが涙、と孔明は言った』のおちゃらけた雰囲気の後に、重苦しく不気味な酉島伝法『環刑錮』が来るあたりの落差はスゴイ。以下個別の作品についてのインプレッション(一部のみ)。

  • 三方行成
     ギャグだった。いやタイトルですでにおちゃらけているのは分かっていたんだが。とにかくギャグ作品だった。
  • 柴田勝家
     生まれたときからVRのみの世界に生きる人種。小説じゃなくて研究論文のような読み味だが、理屈で構成された緻密な非現実が好き。これで私は作者の『アメリカンブッダ』を買った。
  • 酉島伝法
     芋虫のような姿になって禁錮刑を受ける虜囚。鬱々としていて不気味。やたら単語が難しい。『皆勤の徒』に手を出すかどうかは迷ってる。
  • 野崎まど
     あれ、『know』とどっちを先に読んだんだったかな。こちらはモンゴル帝国の草原を超次元に拡張させた訳が分からないが壮大で野心的な話で、映像的に面白かった。

    

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 こういうコンピレーションは入口としてありがたいです。

4.どのような人に推奨するか

 解説にある通り、「何か面白い最近のSF作品を教えて」と言われた時の布教用として使えるという側面がある。そのまま購入層に当てはまると思いますので、初心者で「何か面白い日本のSF作品がないかな…」と探す人におススメ。1つ2つ気に入るものがあれば儲けものだと思います。

ピーター・ワッツ / 6600万年の革命

ピーター・ワッツ / 6600万年の革命 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 立川ジュンク堂書店の新刊コーナーでハヤカワとか創元のところを見てところ、表紙とタイトルが目を引いた。作者や作品のことは何も知らなかったが、ストレートな宇宙SFが読めそうな予感を感じた。あと、デカい数字を出されるとスケールが大きく感じるという単純な人間なのです、私は。

2.内容

 原著は2018年に発表された中長編"The freeze-frame Revolution"と、そのスピンオフである短編"The Hitchhiker"で、2021年に創元SF文庫からリリースされた。本編は200ページ強、スピンオフは数十ページといったボリューム感。
 だが、私のような初心者に取っては内容はハードなものであった。本作はなんかバカでかいAI宇宙船が拡張的にワームホールを作り続けていく中で、必要な時にだけ肉体と頭脳を持った人間がコールドスリープから任意に覚醒させられて仕事をしている。その解凍周期や必要性も全てAI宇宙船が判断し、場合によっては数十年~数百年と平然と世紀を飛び越える。宇宙船には3万弱の人間が同乗してはいるものの、次に一緒に解凍されることがあるかどうかも分からない。そうやって引き伸ばされた人生を送る搭乗者達の旅は6000万年にも及ぶわけだが、もちろん本人の時間ではたいした時間は経過していないし、宇宙船に中に「囚われた」という感覚もあって、数字的なスケールの大きさとは裏腹に、非常にクローズドサークルな舞台に感じられる。宇宙船の外の出来事は基本的に本編と関係してこないしね。
 本作はその世界観が主人公サンデイの一人称視点で語られるもんだから、とにかく序盤は何が起きているのか何をやっているのか分かりにくくて仕方なかった。なぜなら当のサンデイも冬眠中の出来事は知りえないし、次に目覚める時には相当の時間が立っているため。一人称視点であることで、この辺の不可解な感覚を読者が作中人物と共有できている、ともいえる。読んでる途中はかなりの頻度で「は?どうなってるんや?」と前のページに戻ったりしてた。これは作者の文章の書き方というか、理系チックな単語と多くの修辞に溢れた文章表現と、アメリカンで小粋な会話文(作者はカナダ人だけど)に要因があると思うんだが…本編と解説を読み終えて、ようやく前段落のような筋が理解出来てきた。でも、ワームホールを構築し続ける意味や目的は今も分からないままである。     

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 本作は"Sunflower Cycle"というシリーズもののうちの1作にあたり、日本では『巨星』としてリリースされているらしい。どうかなー、そっちも読むかどうかは迷っているところ。

4.どのような人に推奨するか

 最強のハード宇宙SFとの帯タタキだが、基本的に宇宙船の中にしかいないから、壮大さや宇宙感はあんまり感じないんですよ。コールドスリープに囚われ管理される人間と、管理者であるAIとの戦いというストーリーなので、サスペンス的な読み味を求めている人に向いているのではないかと思いました。