めたすらいむの舟

メタル/書評を通じて、ものを書く練習を行っています。原則平日朝更新予定。なお、推理\ミステリ小説のネタバレは書きません。

筒井康隆 / 残像に口紅を

残像に口紅を (中公文庫)

残像に口紅を (中公文庫)

筒井康隆 / 残像に口紅を のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 『幽遊白書』の海藤vs蔵馬だ!

2.内容

 1989年中央公論社から発刊、1995年に中公文庫にて文庫化。実は筒井康隆は初めて。
 実験的な小説。セクションごとに世界から文字が消えていき、その言葉を含むものはその世界から存在しなくなる。ただしそれは、主人公の主観に於いて。『幽遊白書』では単に文字はあいうえお順に消えていき、発することができないというだけだったが、この世界観では「い」が消えれば犬がいなくなり、「き」が消えれば娘の絹子は存在しなかったことになる。生物だけでなく、あらゆる事物に法則は当てはまるわけだが、小説では描写しなくても当たり前に存在しているものは書かれないので、そういったものは触れない限りにおいては存在し続けている。例えば「み」がなくても「道」を敢えて想起しない限りは目的地に向かって歩いたり走ったりはできるし、何なら移動描写を丸ごと省略することも可能…という点にメタ(高次元)的に触れていく。主人公自身も小説家であり、メタ&メタな構造になっている。
 第二部では既に50音の半分近く(濁音や半濁音は別カウントなので厳密には50より多い)を失った世界で長尺に繰り広げられる濡れ場。文字が失われたことを意識しないで読め、えちえちに出来ている。最後の第三部は残り少ない文字を使いつくし残される世界…。
 作者は本作を書くにあたって、自作品に使用される文字の出現率分布を調べたうえで、残されて都合のいい文字を残していったらしい。序盤である第一章の時点で母音の「あ」「え」が既に消えているというのに、良くこれだけ書けるもんだ。語彙力に驚嘆。一部失われたはずの文字が出てきてしまっているということが本編後の解説でわかるが、さすがに気付かなかったわ…  

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 お話やキャラクターが面白いわけではないが、試みそのものが面白いという作品。

4.どのような人に推奨するか

 ロジカルで実験的な小説を読みたい人。『幽遊白書』のあのシーンの元ネタを読みたい人。