めたすらいむの舟

メタル/書評を通じて、ものを書く練習を行っています。原則平日朝更新予定。なお、推理\ミステリ小説のネタバレは書きません。

柞刈湯葉 / 未来職安

未来職安 (双葉文庫)

未来職安 (双葉文庫)

柞刈湯葉 / 未来職安 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 昨年『人間たちの話』を読みまして、面白かったのですよ。Twitterもフォローしている湯葉先生の文庫作品が出たということで、さっそく購入しました。

2.内容

 原作は2018年に双葉社から単行本リリースされたもので、本書は2021年に文庫化したものです。双葉文庫からのリリースです。とりあえず、「柞」が変換できなくて困った。サクと読みそうな雰囲気は感じだが、サクっていっぱいあるし…ハハソとも読むらしいんだけど、変換されないし。イスって読まないみたいだし。最終的に手書き変換しましたた。

 作品の内容。ベーシックインカムが十分に行き渡り、輸送・食事・防犯等を含むあらゆる日常がオートメイトされた近未来の日本では、99%の国民が働かずに生きていける。そんな中でも働こうとする1%の人たちのお話。
 職安に務める主人公は、前職(県庁)を引責辞職している。自動車は本当の意味で自動化されていてめったに事故など起きないし、事故の責任そのものはもはや人間にはない…そんな中で、「責任をとったっぽく見える」ためだけに役職が存在し、事故が起これば担当者である主人公はその役職を辞し、被害者はそれで満足する。そんなエピソードが描かれるんだが、そんな意味のない辞職に満足して引き下がる被害者(の父親)がどーにも非人間的に思えて仕方なかった。
 ある部分は非常に機械化・最適化されてて、しかしある部分は不合理なままで(先述の交通事故担当や、特に理由もなく通う学校など)、という歪さに気味悪さを覚える。一方で、「人間社会というのはこういうものなのかもしれぬ」という上位存在的な感想を抱いたりもする。
 しかしどうにも、この社会に生きる職安メンバー以外の人間の姿があまり想像できないというか。ツッコミどころというか、世界観の疑問に対する回答はそこそこ作中で示されるんだけど、それでも99%の人間はほんとに何をして何を考えて生きているんだろう、と不安に思ってしまう。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 交通事故の被害者のお父さんで違和感を覚え、その違和感を抱えたまま読んでしまった感じ。

4.どのような人に推奨するか

 「みんな働かなくてもいい世界になったらどうなるかな」という思いつきを突き詰めたライトで読みやすい作品です。近未来とかサイエンスのディテールではなく、結局その世界にいる人間がどのように考えどのように生きるか、を描いていると思いますので、そういった人間ドラマとして読まれるのが良いのではないかと。

アンデシュ・ハンセン / スマホ脳

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

アンデシュ・ハンセン / スマホ脳 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 最近売れている新書のようですね!書店での宣伝とわかりやすいタイトルに釣られクマして購入。

2.内容

 原著は『skärmhjärnan』と言う2019年に発表されたスウェーデンの本で、2021年に新潮新書からリリースされた訳本がこちら。日本語訳で現れた釣りタイトルかと思いきや、スウェーデン語で『skärm』がスクリーン(画面)、『hjärnan』が脳ということで、わりと原題そのままだった。作者は精神科医だそうですね。
 本書の論旨は明快です。人間の進化はデジタル社会の進化の スピードに全く追いついておらず、スマホ利用でもたらされる種々の問題は先史時代からの変わらない人間の脳の反応である、ということです。とにかく作中何度も、「とりあえずサバンナに戻って考えてみよう」という比喩表現が頻出します。
 個人的には「新しい情報を求める」というキーワードで説明されるスマホ欲求が新鮮で納得感がありました。人はhttpの海を泳ぐとき、今見ているwebページそのものではなく、既にその次の情報を求めている、というようなことです。Twitterを触っていて、大して読んでもいないTLをひたすらスワイプしているあの感じです。結局なんの情報にもなっていないのにね。
 対策としては、割とどこかで聞いたような感じの、言うは易く行うは難しな内容が書かれています。日の光を浴びる、運動をする、スマホから距離を置くなど。
 作者自身も言及するように、ライトで読みやすいサイエンス読本です。数式・専門用語・参考文献の嵐にはなっていないし、紹介される事例や研究もまぁわかりやすいと思います。 

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 面白かったです。現代的な研究だと思います。なお、これを読んだあともスマホポチポチしてる模様。なかなか人間変わらんな。

4.どのような人に推奨するか

 スマホをよく触っちゃう人、そしてそれを自覚していてあまりいいことではないなぁと漠然と考えている人。触っちゃう理由とダメな理由が見つかるかもしれません。

アイナ・ジ・エンド / The End

THE END(アルバムCD2枚組)(MUSIC盤)

THE END(アルバムCD2枚組)(MUSIC盤)

BiSHのメンバー、アイナ・ジ・エンドさんのThe Endをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 特に存在は知りませんでした。BiSHも名前は知っていたけど、特に聞いたことはありませんでした。普段ポップスを聞くわけでもない我が家ですが、奥さんが久しぶりに欲しいCDだと言って買っていたので、自分も聞きました。そういう人間が聞いた感想となります。

2.内容

 すべての楽曲でアイナ・ジ・エンドが作詞作曲を行った、2021年リリースのソロアルバム。昔から発表するしないは置いといて自身のセラピーみたいな形で作曲はしていたらしいので、それらの積み重ねがこの12曲のアルバムという形に結実したようです。なお、1CD版、2CD版、2CD+Blu-ray版とありますが、手持ちは2CD版デス。しかしそれでも税抜き3,900円か…国内のCDは昔から高いですね。

 まず楽曲について。各楽曲のメロディには一本芯が通っているというか。マイナー調で泣きで、半音を効果的に使ったどこか懐かしいような歌メロは、クサメロ系ヘヴィメタルとの共通点を見出したりもします。アレンジは元気のいいロックサウンドからストリングスの効いたバラード、エレクトロとまで様々だが、亀田誠治が全面的にアレンジ・プロデュースに携わっているということもあって、どうしても椎名林檎(事変ではなくソロの方)が比較対象に浮かびますね。後は同じくらいの時代だとCOCCOあたりになるでしょうか。90年代~00年代のグランジを通過した邦ロックサウンドという感じがします。ボーカロイド音楽によくある詰め込みに詰め込まれた密なサウンドではないです。ボーカルを中心としたオーセンティックでオールドスクールでコンパクトな楽曲が並んでおり、聞きやすいです。

 そして肝心のボーカル。ハスキーでかすれがかった声で切実に切迫感を持って歌い上げるアイナの声には耳を引くパワーがあります。ブレスも含めオンマイクで鮮明に聞こえるボーカルワークは、こっちが元気ない時に聞くと疲れそう。さらりと聞き流せない・させない力があると思いました。
 Disc2はオマケですね。必ずしも本人が歌っているわけではないコラボ曲が並んでおります。あくまでFeat.アイナ・ジ・エンド です。その中でもLUNA SEASUGIZOの楽曲『光の涯』は出色の出来でした。LUNA SEAを思い起こさせるリヴァーブの効いたアコースティックな音空間と、アイナのボーカルが良くマッチしていると思います。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 良盤。Disc2はオマケ感は強いけど、1CDでもどうせ3000円なんで、2CD版でまぁよかったんじゃないかな感。

4.どのような人に推奨するか

 初期の椎名林檎COCCO等のロック/ポップサウンドと情念の籠ったボーカルが好きな方には結構刺さるのではないかと思います。

Aghora / Aghora

Aghora

Aghora

  • 発売日: 2007/12/12
  • メディア: MP3 ダウンロード

アメリカのプログレッシブメタル、Aghora / Aghora をレビュー。

1.作品を選んだ理由

 なんで自分のiPodに入っているかも記憶がないレベルだが、プログレメタルの文脈で買ったんだと思う。最近プログレメタルのマイブームが再来しているので、ライブラリ内からProgressive Metalでタグ付けしてあるものを聞いていっている。

2.内容

 2000年にDoubles Productionsというところからリリースされたらしい。全然知らん…ということで、今Metallumを見てみたら、ドラムがSean ReinertとSean MaloneのCynic組ではないか…
 ということで音楽性はCynicに通じる幽玄でエキゾチックでテクニカルなプログレメタルとなっています。めちゃくちゃな変拍子やド派手なフレーズはありません。歪んだギターによる刻みリフやツーバスドラムなどの要素があるものの、全体的にはフュージョン要素が強いです。Danishta Riveroがストレートな女声で紡ぐ怪しげなボーカルラインが可愛い。
 でもやっぱり楽曲やリフのつくりはすごーくCynicっぽいんだよな。いい意味でね。個人的にはCynicがデスメタルであるかどうか(デスヴォイスを備えているかどうか)はあんまり重要だとは思っていなくて、フレーズや演奏そのものを楽しんでいたので、本作もそんな楽しみ方が出来ます。ベースやドラムの細かいフレーズが気持ちいい。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 これは良いですね。再発見。

4.どのような人に推奨するか

 女性ボーカル、Cynicのテクニカルリフやジャジーな部分が好きな人に推奨します。このバンドのライブがあったとしたら、全メンバーが定位置から動かずに黙々と演奏してるなだろーなーと思わせる職人芸的な音楽です。派手な演奏が好きな人には推奨し難いかも。

Job for a Cowboy / Sun Eater

Sun Eater

Sun Eater

アメリカのデスメタルバンド Job for a Cowboy / Sun Eater をレビュー。

1.作品を選んだ理由

 1st『Genesis』2nd『Ruination』は所謂デスコア入門盤的に持ってて、なんかこの4thは音楽性が大分変ったらしい、ということは知ってたんですよ。ディスクユニオンで安く見かけたので買ってみたよ。

2.内容

 2014年にMetal Bladeからリリースされた4作目。おお、確かに一聴して全然違う音楽になっている…。初期はふとましくもややメロディのあるファットなギターリフにファストながらリズミックでノリの良いドラムが交えられたデスメタルでした。本作は最初の1音からもう全く雰囲気が異なっています。不気味なギターの分散和音やコードリフ、よく動くメロディアスなベースライン、ミドルテンポの楽曲、その上に乗る幅広い表現力を持つデスヴォイスや情緒的なギターソロ。うむ、これは所謂プログレッシブデスメタルになっていますね。
 もともとギターにメロディアスな要素はあったと思うんだけど、そのリフの作りこみをより深化させ、楽曲もそれを「聞かせる」フォーマットになっています。ごくたまにブラストビートはあるが、攻撃性やノリの良さはかなり低い。ミドルテンポで淡々と進む楽曲は、メロディも割と抑えめでテクニック的にド派手なことをやっているわけではないので、総じて地味!という感想になりがち。地味なDeath, Cynicとでもいうか。パーツ単位で見ていくと結構いいフレーズは多いと思うんだけどね。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 自分は初期の音楽性に特に思い入れはないので、楽しめました。地味だけど。もう少しフックというか、おおっと思う展開が欲しい気もするが…どうかな。ベースの音が目立っているのは聞いてて楽しい。

4.どのような人に推奨するか

 初期の音楽性が好きな人にはこのアルバムはあまり推奨できないと思う。本作を独立して聞く分には、作りこまれたリフとよく動くベースラインが気持ちいいプログレデスとして受け入れられると思います。

V.A / 2010年代SF傑作選 2

2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫

2010年代SF傑作選 2 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 なんかハヤカワでプッシュされていたのと、日本SF小説家の近代作品を読んでみたかった。ナンバリングの2冊のうちでは、2の方が比較的若いというか、2010年代デビューの作家が取り上げられているということで、こっちを買いました。
 自分はSF初心者です。本作で読んでみたかったのは柴田勝家、三方行成。既に読んだことがあったのは小川哲。

2.内容

 2020年に早川文庫からリリースされた、先に書いた通り2010年代にデビューしたSF小説家の短編作品から選抜されたコンピレーション。作品の前に作者略歴と代表的な作品が紹介されているのがとても嬉しい。次に手にとる作品の指標になります。作風は非常に幅が広い。普通の青春小説っぽい読み味の作品もあるし、歴史や民俗がテーマのものも あり、あぁSFっていろんな形があるんだなと再認識しますね。三方行成『流れよわが涙、と孔明は言った』のおちゃらけた雰囲気の後に、重苦しく不気味な酉島伝法『環刑錮』が来るあたりの落差はスゴイ。以下個別の作品についてのインプレッション(一部のみ)。

  • 三方行成
     ギャグだった。いやタイトルですでにおちゃらけているのは分かっていたんだが。とにかくギャグ作品だった。
  • 柴田勝家
     生まれたときからVRのみの世界に生きる人種。小説じゃなくて研究論文のような読み味だが、理屈で構成された緻密な非現実が好き。これで私は作者の『アメリカンブッダ』を買った。
  • 酉島伝法
     芋虫のような姿になって禁錮刑を受ける虜囚。鬱々としていて不気味。やたら単語が難しい。『皆勤の徒』に手を出すかどうかは迷ってる。
  • 野崎まど
     あれ、『know』とどっちを先に読んだんだったかな。こちらはモンゴル帝国の草原を超次元に拡張させた訳が分からないが壮大で野心的な話で、映像的に面白かった。

    

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 こういうコンピレーションは入口としてありがたいです。

4.どのような人に推奨するか

 解説にある通り、「何か面白い最近のSF作品を教えて」と言われた時の布教用として使えるという側面がある。そのまま購入層に当てはまると思いますので、初心者で「何か面白い日本のSF作品がないかな…」と探す人におススメ。1つ2つ気に入るものがあれば儲けものだと思います。

ピーター・ワッツ / 6600万年の革命

ピーター・ワッツ / 6600万年の革命 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 立川ジュンク堂書店の新刊コーナーでハヤカワとか創元のところを見てところ、表紙とタイトルが目を引いた。作者や作品のことは何も知らなかったが、ストレートな宇宙SFが読めそうな予感を感じた。あと、デカい数字を出されるとスケールが大きく感じるという単純な人間なのです、私は。

2.内容

 原著は2018年に発表された中長編"The freeze-frame Revolution"と、そのスピンオフである短編"The Hitchhiker"で、2021年に創元SF文庫からリリースされた。本編は200ページ強、スピンオフは数十ページといったボリューム感。
 だが、私のような初心者に取っては内容はハードなものであった。本作はなんかバカでかいAI宇宙船が拡張的にワームホールを作り続けていく中で、必要な時にだけ肉体と頭脳を持った人間がコールドスリープから任意に覚醒させられて仕事をしている。その解凍周期や必要性も全てAI宇宙船が判断し、場合によっては数十年~数百年と平然と世紀を飛び越える。宇宙船には3万弱の人間が同乗してはいるものの、次に一緒に解凍されることがあるかどうかも分からない。そうやって引き伸ばされた人生を送る搭乗者達の旅は6000万年にも及ぶわけだが、もちろん本人の時間ではたいした時間は経過していないし、宇宙船に中に「囚われた」という感覚もあって、数字的なスケールの大きさとは裏腹に、非常にクローズドサークルな舞台に感じられる。宇宙船の外の出来事は基本的に本編と関係してこないしね。
 本作はその世界観が主人公サンデイの一人称視点で語られるもんだから、とにかく序盤は何が起きているのか何をやっているのか分かりにくくて仕方なかった。なぜなら当のサンデイも冬眠中の出来事は知りえないし、次に目覚める時には相当の時間が立っているため。一人称視点であることで、この辺の不可解な感覚を読者が作中人物と共有できている、ともいえる。読んでる途中はかなりの頻度で「は?どうなってるんや?」と前のページに戻ったりしてた。これは作者の文章の書き方というか、理系チックな単語と多くの修辞に溢れた文章表現と、アメリカンで小粋な会話文(作者はカナダ人だけど)に要因があると思うんだが…本編と解説を読み終えて、ようやく前段落のような筋が理解出来てきた。でも、ワームホールを構築し続ける意味や目的は今も分からないままである。     

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 本作は"Sunflower Cycle"というシリーズもののうちの1作にあたり、日本では『巨星』としてリリースされているらしい。どうかなー、そっちも読むかどうかは迷っているところ。

4.どのような人に推奨するか

 最強のハード宇宙SFとの帯タタキだが、基本的に宇宙船の中にしかいないから、壮大さや宇宙感はあんまり感じないんですよ。コールドスリープに囚われ管理される人間と、管理者であるAIとの戦いというストーリーなので、サスペンス的な読み味を求めている人に向いているのではないかと思いました。

円城塔 / バナナ剥きには最適の日々

バナナ剥きには最適の日々

バナナ剥きには最適の日々

円城塔 / バナナ剥きには最適の日々 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 伊藤計劃の作品オモスレーって読んでた時に、この方のお名前もよく見かけた。これは作者名が同じア行で、書店の本棚で目に付いたという理由も大いにある。何を1作目に読んでみようかと裏表紙の解説を見ていると、どうも本作はどうやら「わからないけどおもしろい、の理由が少しわかるかもしれない」短編集だという。薄くて読みやすそうだし、ということでこれが円城塔の1冊目になったのです。

2.内容

 2012年に早川書房から単行本化され、2014年に文庫入り。既存短編9編にボーナストラック1篇の計10編が収録された短編集です。
 うむ、確かに何がなんだかわからない。分からない中で雰囲気や文章を楽しむものなのだろうか…。難しい理屈とわからない出来事が跋扈する中で、個人的には無人探査機がお仕事している短編『バナナ剝きには最適の日々』と、文章を読む・書くということについてのトリッキーな論考『Automatica』が気に入っています。なぜかというと、これはちょっとわかる気がするからです。…もう一度読んでみようかな。今度は分かるかもしれない。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 嫌いじゃない。嫌いじゃないけど分からない。分からないので、長編に手を出すのをためらっている。そんな感じ。『屍者の帝国』は良かったけどね。

4.どのような人に推奨するか

 SFか?SF要素もあると思います。でも、やっぱり分からないという感想に落ち着く。解説でも触れられている通り、あらすじは重要ではなく(こと短編ではその傾向が強い気がする)、あくまで文章表現そのものの妙味が持ち味であると思います。そんな感じ。ひねくれた人におススメ。ちなみに、私は音楽としてのプログレが好きです。

中曾根康弘 / 自省録-歴史法廷の被告として-

中曾根康弘 / 自省録-歴史法廷の被告として- のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 高橋是清『随想録』を読んで、政治家個人が語る歴史は面白いと思っていたところで、本屋を徘徊していたら見つけたのがこの『自省録』。先日までご存命だった方ではあるが、氏が首相を務めた頃にはまだ自分は生まれてないし…十分「歴史」の範囲なんだよなぁ。

2.内容

 底本は2004年に刊行された同名の書籍で、2017年の本文庫化にあたり新潮45の記事と解説が追加されている模様。氏は結構な数の書籍を書いてきたようだが、本作はコンパクトに政治と歴史がまとまった読みやすいボリューム感になっている。
 読んでいて、政治家としての軸がご本人にしっかりある感じがしました。政治家は自分の信じる政策をやるものであって、国民の希望をポピュリズム的にやるものではないと。それはその通りだと思うのです。政治家は国民の代表ではあるけれど、国民の総意(そんなものが現実にあるかどうかは置いといて)を反映するということを意味しない。それだったら直接民主制でやればいいわけで…間接民主制を取る限り、我々は政策そのものではなく、それを立案・実行できる人を推すことになる。そして本書は、そういった推された側・選ばれた側がどういった指導者であるべきか、という点に多く触れた本になっているわけです。
 同世代の他の政治家を語る場面も結構多いんだけど、好悪がハッキリしているというか、評価するところは評価するが、ダメなところはボロクソです。手心がなくて面白い。あと、防衛や憲法改正に対する意識って、戦争経験者(中曾根氏は海軍で太平洋戦争を経験している)は全然違うんだね。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 面白い。刊行当時のホットな話題であるイラク戦争(2003年)などにも言及されている。2021年現在でご存命であればどんなことを語ってくれただろうか、と思ったりもした。

4.どのような人に推奨するか

 別の記事でも書いたけど、自分は本人が語る言葉に価値を置きたい。ということで、中曾根氏の思想や活動を本人の言葉で知りたい人におススメ。値段もボリュームもお手頃で、手に取りやすいというメリットもあるよ。

高橋是清 / 随想録

随想録 (中公文庫プレミアム)

随想録 (中公文庫プレミアム)

高橋是清 / 随想録 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 半藤一利の『昭和史』と三島由紀夫の絡みで、二二六事件に興味を持つ。江戸東京たてもの園に遊びに行く。赤坂から移築された高橋是清邸があり、この家で暗殺されたことを知る。高橋是清について知りたい。という動機です。『高橋是清自伝』と迷っただけど、自伝は上下巻セットと長いので、単刊のこっちを選択したというわけ。

2.内容

 高橋是清の秘書官である上塚司が、高橋是清の様々な言葉(文章や講演、対談記録など)を随想録としてまとめていた者。高橋是清が二二六事件で凶弾に倒れてしまったので、死後の出版となった。前書きとして上塚司が刊行に対する痛切な想いが書かれている。昭和11年3月21日と、死後1か月も経っていないのでそりゃそうだろう…。仮名遣いなどを改め、2018年に中公文庫から刊行されたのが本作です。
 政治・経済の施策、かかわりのあった政治家たちの話、宗教観や家庭人のあり方などを語る高橋是清。晩年(大正~昭和)時期のものが大半です。いろんな媒体から引かれているので文体はフランクだったりやたらに硬かったりと様々です。フランクな方の会話文のような文章は、本当に現代令和の日本語と大差ないなぁ…と思う一方で、書面で書かれたものは読みづらさを感じる。二二六事件の音声をyoutubeで聞いたときにも感じたことだが、100年前の日本語も会話という観点では大差ないんだなぁという点と、文言は乖離しているなぁという点が印象的です。渾名されるとおりのダルマさんな見た目の是清が「とうとう死んじゃった」とか言っていると思うとなんかカワイイよなぁ。
 序盤の他の政治家との関わりについて語られるパートが面白い。懇意にしていた人物や評価が分かること、晩年だからということもあろうが総理も大臣もやりたくなかったということ、日本国のために働こうという強い意思を持った御仁だったのだなぁということなどが文章から伝わってくる(自伝なのでいいように書いている部分があるにしても、だよ)。
 経済施策についての章はお金のレートの違いや経済知らんこともあってまぁあまりピンとこないんだけど、「経済を回す」という発想が明確に書かれていたのはちょっと驚いた。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★-
 ちょっと読むのが大変(というか読み飛ばした)ところもあるけど、首相や大蔵大臣などを歴任した高橋是清の人となりを知ることができて良かった。

4.どのような人に推奨するか

 多分こういう偉人・政治家を語る本はいっぱいあると思う。研究者が説明する本もいいと思うが、個人的には本人が語る言葉に価値を置きたい。ということで、高橋是清の思想や活動を本人の言葉で知りたい人にとってはおススメできる本でしょう。巻末解説や年表もあるので、時代背景もセットで抑えることができると思います。自伝読んでないから、比較はできないけれど…

三島由紀夫 / 手長姫・英霊の声 1938-1966

手長姫 英霊の声 1938 -1966 (新潮文庫)

手長姫 英霊の声 1938 -1966 (新潮文庫)

三島由紀夫 / 手長姫・英霊の声 1938-1966 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 『英霊の聲』が河出文庫からしか出ていないんだなぁと思っていたら、まさかの2020年の新潮文庫新刊で、本作が出ていた。まぁ三島由紀夫の新刊ということで、河出文庫の方と同時に購入。やはり没後50年だからそれに合わせたリリースがあったということかなぁ。

2.内容

 2020年に新潮文庫からリリースされた、1938年(当時13歳)の『酸模』から晩年と言っていい1966年の『英霊の聲』まで幅広い年代の作品を収録されている。三島は新潮文庫から大量の作品が出ているが、全て初の新潮文庫化ということらしく、既存作品との被りはない模様。
 河出文庫では『英霊の聲』、本作は『英霊の声』と、声の旧字体が改められている。前者の方がカッコイイですね。河出文庫の方は二二六事件三部作という明確にコンセプチュアルで統一感のある作品だったけど、こちらは複数年代の作品から編まれたコンピレーションなので、それだけでも読後の印象派が違うものですね。
 1つ1つの作品についてはまぁそんなにどれが凄い好きというのはないんだけれども。初の小説、13歳にしては語彙力ありすぎませんかね…?という感想。文庫のつくりとして、各作品についてのちょっとした説明と時代背景が差し込まれているのは好印象。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 まぁ未収録作品を集めた文庫ということで、出たことに価値があると思います。リリースありがたい。

4.どのような人に推奨するか

 個人的には『英霊の声』は河出文庫の方で読んでほしいです。三島は作品数が多いですが、読む順番としてはこれは後回しでもいいような。

Caligula's Horse / Moments from Ephemeral City

Moments from Ephemeral City (Re-issue 2017) [Explicit]

Moments from Ephemeral City (Re-issue 2017) [Explicit]

  • 発売日: 2017/06/16
  • メディア: MP3 ダウンロード

オーストラリアのプログレッシブメタル、Caligura's Horse / Rise Radiantをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 5th『Rise Radiant』と同時購入。

2.内容

 2011年にインディーズリリースされたバンドのデビュー作です。その後Inside Outから2017年にリイシューされており、手持ちはリイシューの方。Metallumで調べる限り、収録曲に差はなくリマスター等もされていないようなので、どっちを買ってもいいでしょう。
 今に続く音楽的なベースは既に出来ていると言えます。雄大なボーカルライン、入り組んだリズムでユニゾンするリズム隊、アコースティックな要素、弾きまくりのギターといった要素は、5thでも見られたものです。
 とはいえ、メロディも演奏も相当に充実していた5thと比べると、高品質ながらも未熟感というか、既存バンド「っぽさ」をそこかしこに感じてしまうんだなぁ。特にギターフレーズにおいて、Steve Vai(あるいはZappa)っぽい、Dream TheaterのPertucciっぽいと思う場面がちょくちょくあった。個々のパーツは悪くないのだけれど、楽曲構成もややとっ散らかった印象。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 うーん、後発の作品の方が完成度が高くて好きかな。

4.どのような人に推奨するか

 最近の作品から聞いていって、気に入ったら1stに向かって遡っていく感じでどうぞ。テクニカルプログレメタラーには訴求する内容ではあるし、高品質ではあるので、この作品から入るのも悪くはない。

柳美里 / JR上野駅公園口

JR上野駅公園口 (河出文庫)

JR上野駅公園口 (河出文庫)

柳美里 / JR上野駅公園口 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 府中の書店でプッシュされていたのと、全米図書賞 翻訳文学部門を受賞したという帯タタキに魅かれて。ページ数が少なく、600円とお手頃価格だったのもある。話題書をたまには読もうと思うよね。柳美里さんの作品を読むのはこれが初めて。

2.内容

 2014年に河出書房から単行本リリースされたものが、2017年に河出文庫からリリースされたもの。なんで今話題沸騰なのかというと、やはり全米図書賞受賞という点で、後追いで日本で評価され始めたってこと?
 明仁天皇と同じ日に生まれた福島県出身の男の、人生の物語。徳仁天皇と同じ日に生まれた息子とその死。ホームレスになった自分と、同じ日に生まれた明仁天皇の対比。若くして死んでしまった息子と、首尾よく成長していく徳仁天皇の対比。上野恩賜公園を中心とするホームレスの描写などが中心です。
 柳美里の作品は初めて読んだけど、多分に詩的で修辞と擬音の多い文章が特徴的だと感じた。3点リーダも多いですね・・・。作品がかなり、主人公の男の「心」を追う内容なだけあって、この文体が合うか合わないかがまず一つの分水嶺ではないかと。

 ホームレスの生活や、地方における葬儀の慣習などをよく調べて書いたのだと思う。あと、上野恩賜公園周りの歴史だとか天皇の御幸だとかは史実に基づいているようで、そこは勉強になるなぁと思った。
 一方。主人公の男が置手紙を残して突然孫娘の前から去りホームレスになるのがよくわからないとか、妻や孫娘も突然に死んでいったりとか、最終盤における東日本大震災の描写(主人公の男が巻き込まれたのかと思って読んでたんだけど、全然違って、孫娘が津波に巻き込まれた)とか、「おや?」と思う点がいくつかありました。帯タタキにあるように「感動」する作品だったかというと、そうではないと思います。
 あと、作者本人の後書きはともかく、解説は読まなくてイイかなと思います。政治思想史のセンセイが「天皇制の呪縛」という点にのみフォーカスして作品を…というか天皇制について語っている内容です。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★--
 詩的な文章を読むこと自体はまぁ嫌いではなかった。内容はそんなに。解説はマイナス。

4.どのような人に推奨するか

 詩的な文章・表現に溢れた小説ですので、そういうのがイケる方。ストーリー的には…誰におススメというのはないです。

半藤一利 / 昭和史 1926-1945

半藤一利 / 昭和史 1926-1945 のレビューです。

1.作品を選んだ理由

 妻ライブラリーから拝借。以前書店で見かけて気になってはいたんだけど、買うには至っていなかった作品ではあるんだが、なんか妻が買ってました。

2.内容

 半藤氏の寺子屋的昭和史講座を元に、書籍として再構成された昭和史の講話集。  元が講話だけあって、あくまで語り掛ける形式で展開される本文は非常に読みやすい。自身が戦中に少年時代を過ごしたからこそ出てくる体験談も、貴重な記録と言っていいのでは。扱っている範囲は年号で想像がつくと思うが、満州事変~日中戦争~太平洋戦争に連なる一連の戦争と、それにまつわる政治の移り変わりが中心で、これが結構わかりやすくまとまっている。格調高さはない(し、そんなものは求めていない)が、軽妙で読み物として面白いと思います。昭和の通史に明るくない人には勉強になると思います。
 語り手(=著者)の情報は、1930年生まれで文芸春秋の編集長であるという点としか知らないので、政治思想等は知りません。でも、今調べてみると、東京裁判史観…戦勝国によって後付けされたシナリオ…に基づいており、客観性がない自虐史になっているという批判があるようです。まぁ、そういう側面があるということと、個人の体験・歴史観に基づくものであるということを前提に読めばいいんじゃないでしょうか(たとえ様々な一次資料を用いていたとしても、その資料の信ぴょう性、選択の恣意性があるので…)。というか、そういうツッコミが出来る人は昭和史に詳しい人だろうから、この本を読む必要はないと思われます。   

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 面白い。B面もセットでこの後読みます。あと、東京裁判史観に反対する立場の本も併せて読んでみようと思います。

4.どのような人に推奨するか

 私のような日本史(昭和史)をあんまり知らない、大まかなイベントは覚えているけど…というレベルの人向けです。

Cultes Des Ghoules / Henbane

Henbane

Henbane

ポーランドのブラック/デスメタルバンド Cultes Des Ghoules / Henbaneをレビュー。

1.作品を選んだ理由

 さっき1stを聞いたので、次いでに2ndも聞いている。ちな、現時点で持っているのはこの2ndまで。

2.内容

 2008年の1stから何枚かのスプリットとEPを挟んで、2011年にリリースされた2ndフルアルバム。これもHells Headbangers Recordsから出ている。今出てこないけど、多分手持ちはそれだと思う。  5年経ってますが、基本的な音楽性は1stから変わっていない。相変わらず毛羽立った歪みのギターがリフで先導する中で、高速/低速が入れ替わり立ち代わりの楽曲展開を見せる。1stと比較すると、リフのオカルト感が増したのと、ドラムの体感速度が速くなったなぁと思う。1つ1つのリフがより印象的になり(ただし決してメロディアスではない)、前作では見られなかった高速ブラストも聞かれ、ボーカルパフォーマンスもドスの利いた低音から演説風のスピーキング、シアトリカルな悲鳴、怪しい笑い声と様々。
 #1 "Idylls of the Chosen Damned"や#2 "The Passion of a Sorceress"はリフの魅力が詰め込まれた勢いに溢れた佳曲。#3 はスローでドゥーミーで、ディストーションギターの音も殆ど聞かれないスピーキングパートもあるタイトル通り"Vintage Black Magic"な黒魔術ソング。7:00過ぎあたりからの妖しさ満点のサウンドスケープはある意味スゴイ。前作よりプロダクションはいい意味で荒々しくなったと思うが、リフが何を弾いているかは十分に聞き取れるレベル。オカルティズムな雰囲気の向上と、静動のメリハリによる楽曲の印象付けという点で、全体的に質の向上が見られる快作だと思います。

3.感想/評価(★の5段階)

 ★★★★★
 雰囲気あるなあ。怖いっす。

4.どのような人に推奨するか

 前作よりカルト度や呪い度が上がっているけど、バンドの個性というか神髄はこっちなんだろうなと思う。単純にプリミティブブラックとして聞くならば、もしかすると前作の方が好きな人もいるような気がするのだが、オカルトな雰囲気を存分に楽しみたい方や前作の「妖しさ」に魅かれた方には、本作はより訴求する作品になっていると思う。